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私は、世界をまっすぐ説明するより先に、世界の裏打ちに手を添える練習をしています。二重露光のように、変化と固定、積み重ねと崩壊、快と不快が同時に写り込む箇所があります。私はその合わせ目を、いったん理解しようとせず、まずはくぐってみます。横歩きで、カニのように。

『崖の上のポニョ』を改めて見直して気づいたのは、無邪気な冒険のすぐ背後に、ブリュンヒルデの影が張り付いているということです。
ポニョは宗助によって名前を与えられ、存在を受け入れられることで「人間になりたい」と願うようになります。
宗助は、ポニョの異形さや不安定さを問うことなく「ポニョが好き」だと無条件に受け止める。

この無条件の受容こそが、ポニョを人間たらしめる魔法の正体であり、同時に世界を揺るがす変化の引き金となります。
その受容は小さな魔法として作動し、世界の配線にノイズが走ります。祝福と危機が同時に点灯するのです。
神話であれば破滅に向かうはずの筋書きが、ポニョでは「もう一度生まれたい」という別の回路として立ち上がります。
私は、この反転に強く惹かれています。

展示タイトルの「カニのトンネル」は、その通路の仮称です。表と裏、現実と空想、理性と直感をつなぐために、私はあえてコントロールの一部を手放します。利き手ではない方で線を引くように、世界の利き手を少し外します。わかろうとする前に通り抜け、通り抜けてから、あとで響きを聴きます。


うまく説明できた気がしないまま、身体だけが先に通り抜けてしまう瞬間があります。私はその感じに賭けたいと思います。トンネルをくぐった人が「わかったようで、わからない。でもなぜか残る」と感じるような、後から効いてくる手触り。今回は、その効き方そのものを作品として観察します。コントロールを少し緩め、忘れることと再学習のあいだに作品を置いてみます。それが、この展示での私のやり方です。



高木沙織
1987年 長崎県生まれ
関東を経て 2024年より長崎・波佐見在住
版画と陶芸を通して風景や記憶を探る

主な展示
2020年 サロンほし(浅草橋)個展
2023年トタン(日暮里)「版画の日」
2024年準備中(学芸大学)「コネマグマ」